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大阪高等裁判所 昭和35年(ツ)83号 判決

上告人 森田善弥門

右訴訟代理人弁護士 島秀一

被上告人 田中音次郎

右訴訟代理人弁護士 白井源喜

主文

原判決を破棄する。

本件を奈良地方裁判所へ差戻す。

理由

上告理由第一点について。

一件記録によれば、上告人は本件土地売買契約は上告人の窮迫に乗じ多数の威力強迫の下に締結せられたものであつて、しかも上告人が自ら耕作している祖先伝承の畑を本来第三者の債務の弁済に提供せしめたものであるから民法第九〇条に違反し無効であると主張し、右契約が公序良俗に反することの一事情として訴外堀田等が上告人から靴下製造機四台(時価四〇〇、〇〇〇円相当)ならびに堺市所在の木造亜鉛鋼板葺平家建店舗を無理に取上げた上、更に本件土地を奪取しようとして策動した事実、および本件土地のほかに宅地一筆をただちに所有権移転登記に応ぜしめた上、上告人の耕作している本件農地をも奪取しようとして、本件契約に及んだ事実を挙げている(記録一二七丁、原告第三準備書面参照)のであつて、上告人主張の前記本件土地以外の宅地一筆が「大和高田市大字土庫七三〇番地の一、宅地一五二坪」を指すことは、弁論の全趣旨によつて明かである。ところが原判決は上告人の訴外堀田等に対する債務額が金六二八、四七〇円であつたことを認定した上、これが解決のため訴外堀田等に提供された物件およびその価格については、「弁論の全趣旨によると本件農地の価格は二〇〇、〇〇〇円を出でず、又前記各証拠によつて認められるところの右堀田等債権者が上告人に対する本件債権回収のため引取つた上告人の実弟森田喜三所有の靴下編機は時価一四〇、〇〇〇円余であるところ、右債権額はその合計額よりははるかに多額であるから、たとえ本件農地が祖先伝承の自作農地であつて債権者の多少の強圧的態度の下に右農地の譲渡が不承不承なされたからと言つて直ちに控訴人の窮迫に乗じたものと断ずることはできない。」と判示し、前記土庫七三〇番地の一宅地一五二坪が、右債権回収のために訴外堀田等に譲渡されたとの上告人の前記主張についてまつたく判断を与えていないのである。

しかるに、本件のごとく、債務の代物弁済として動産、不動産が譲渡された場合、右契約がいわゆる暴利行為として無効たるためには、その取得者において相手方の窮迫、軽卒無経験に乗じてその行為をなさしめたこと(主観的要件)のほか、それによつて受ける利益が自己の給付に比し明かに権衡を失し過大であること(客観的要件)を要するのであつて、上告人の前記主張は正しく右客観的要件の主張に該当する。しかして、原判決は、一方において、右堀田等債権者において、債権回収を焦つて多少の強圧的態度をとつたこと、上告人の本件農地が祖先伝承の自作農地であつて、債権者の多少の強圧的態度の下にその譲渡が不承不承なされたことを認定しているのであるから、上告人の前記主張の成否如何は、右農地譲渡契約がはたして暴利契約になるか否かの判断にも波及しかねないのである。

したがつて、上告人の右主張につき判断をしなければ、本件農地譲渡契約が無効であるとの上告人の主張をたやすく排斥することはできない筈であり、原判決が、この点の判断をなさなかつたのは、理由不備の違法があるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて爾余の論旨に対する判断を省略し、民事訴訟法第四〇七条第一項に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 石川義夫)

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